dancin' in the spring

そんな海辺から離れていって、やがてたどり着いた、その先にあるのは、一本だけ生えた桜の木。ただ広い平原のなかに一本だけ立ち尽くす桜の木。それは見事な枝垂桜。
「なんかすごいな。」
「この前町を散策してたら見つけたんだ。観鈴ちん、えらいでしょ?」
そっと往人の顔を覗き込む観鈴が、やけに得意げな顔をしているのを見て、つい反射的に答えてしまう。
「ああ、えらいな。」
と。
「…びっくり。往人さんが褒めてくれたよ。」
「ほんっとお前一体いつも俺に対する態度が失礼だな。」
「えっと…美凪ちゃんもそういうとおも痛い…。」
美凪ならそこでお米券だな。」
「そういえば今日も何枚かもらったよ。」
「あいつは一体何枚持ってるんだ…。」
持ってきたバスケットを地面に置くと、そこからビニールシートを枝垂れの下に広げる。その間にふと見上げてみると、ずいぶんな古木であるようで、四方八方に枝がたれていて、そこに桜の花が、そう、まるで…
「往人さん、準備できたよ?」
「あ、ああ。」
まるで、こいつの笑顔のように、きれいに輝いている。
「どうしたの?」
「なんでもない。食うか。」
「うん!」
しばらくして空になったバスケットに持ってきたものをほとんど片付け、しばらく何をするでもなく、ただ桜の下に座って終わりのない空と、地平線ギリギリの所で宅地に変わっている草原を見つめていた。


「よいしょっと。」
「ん?どうした?」
日よけにしていたーといっても枝垂れがほとんど日光をさえぎってくれていたのだがータオルを若干持ち上げる。そこからは、桜をただ見上げている、観鈴の姿が見える。
「にははっ。」
たん、とまるで靴が踏み出す音が聞こえるかのように、踵を返して草原へと駆け出す。
「おい、観鈴。どこ行くんだよ?!」
それが今日だけは妙に気なって…往人は飛び起きて慌てて観鈴を追いかける。
「往人さん、こっちだよっ!」
時々振り向いて、それまで走っていたのを感じさせないかのように笑いかけるその顔は、春の日差しをまっすぐに浴びて、いつもよりかわいく見える。そんな観鈴を…どうしてだろうか。捕まえたい気分になって、地面を蹴って走り出す。
「あの桜の木、何か人に作用するのかよ?!」
そう思わせるほどに、一生懸命に。
そしてようやく捕まえたのは、またあの桜の木の下。
「よっし。ようやく捕まえた。」
息を切らしているのも当たり前。でも、あれほど同じくらい走り回っていた観鈴に、どういうわけか荒い呼吸は見られない。
「…観鈴、どうかしたのか?」
後ろから抱きしめる格好になって、観鈴の表情はうかがえないけど、その後姿にも、特に変わった様子はみられない。
「…なんか、飛んでるみたい。」
「あっ?」
「翼が生えて、どこまでも、どこまでも飛んでいけそうで。あの雲の上まで。」
見上げた先にある。夏よりも少しだけ低い、雲。
「よくわからないが、気持ちよかったのか?空を飛べて。」
「…うん。」
そしてそのままもたれかかって、ゆっくりと目を閉じた。
「…なんだか、疲れちゃった。往人さん、寝てもいいかなぁ?」
「ああ。」
「…おやすみ……」
規則正しい寝息を立てて寝始めた観鈴を、そっと抱きかかえて、ゆっくりと家路についた。心の中で悪態をつきながら。


「…まったく、やっかいなやつだ。」
そうぼんやりした意識の中で聞こえた声は、少しだけ笑っていたような気がする。
思い違いでも、思い上がりでもなくて、いつもそばにいるからわかる。往人さんの優しさだってことに。
私はまた、ゆっくりと目を閉じた。夢じゃないように。そう、願って。