疲れた貴方にお食事を(それは舞い散る桜のように・桜井舞人×八重樫つばさ)

秋の夜長はRPGにどっぷり浸るのがオレ様の一番の楽しみであるはずなのだが、残念なことに今年はそんなものとはオサラバしなくてはならん。かつて神童・神風舞人と呼ばれたあの幼少時代が懐かしいぜ!
と一人でノートに向かって心の中で言ってみてもむなしさが増大するだけなのであった。ちっ、これもあの出っ歯のせいだ。
「舞人、もちろん私と一緒の大学行くよね。」
最早疑問系もなく聞いてくるとかあいつ…確信犯で逮捕してやりたい。もちろん逮捕した後は取り調べと称してあんなことやこんなことまで…ぐふふ。
はっ、いかんいかん。純朴な少年舞人はそんなエロエロなことをしないのだ。そう決めた。たった今。
ってこんなこと考えてる間に20分たってんじゃねぇかよ!唯でさえ遅筆なのになぁ…。
あいつと付き合うようになってもうすぐ一年。だが今まさに俺たちは人生の岐路に立っているといっても過言ではない。大学受験という名の戦争がそれだ。
はっきり言ってオレとあいつの勉学における差は大きい。1.2年と人生における経験を増やしまくっていたせい…すいません、平たく言うとさぼってたせいで雲泥の差だ。見てろよ、その内貴様にオレの靴をなめさせてやんよ!と威勢を張れたのも最初のうちだけで、今は積極的にあいつに聞きに行ってるオレがいる。お陰で今やオレはあいつの下僕と認識されている。この事実に気づいたオレはショックで2時間半寝込んだ。マジだ。
持っていたシャープペンシルを机の上に放り投げると、即座に立ち上がってベッドの上にダイブ。3時間ばか机に向かっていたせいか、妙に心地よく思える。今日はこのまま夢の中に飛び込んでいけそうだ。それはもうかつてないほどに気持ちよく。
そうしてオレ様がロマンに溢れた夢の世界へ飛び立とうとしたときに、インターホンがなった。ちっ、いいところだったのに。
オレはつかつかと玄関へ歩いていき、鍵を外して颯爽と言い放った。
「どこの誰だか知らないが夢の世界へ今まさに旅立たんと「や、そんなことだろうと思ったけどさ。一人?じゃあ入るね。」…ってちょっとまてぃ!」
オレの返事を待たずしてずかずかと家の中に入ってきあがる。どうしてこんなに傍若無人なのか神に問いただしたい。
「舞人、夕飯食べた?」
「も、もちろんですともお嬢様。」
「や、台所見ればわかるし。」
駆逐鑑舞人、開戦後わずか3秒で撃沈。
「で、つばさ嬢はいったい何をしにきたんでございましょう?」
「うわっ、気持ち悪っ。」
「ひどい…そうやって貴様は純朴な少年を汚していくのね!」
「や、違うから。後今日来たのはどうせまともなご飯食べてないだろうと思ったから作りにきただけ。」
…今何かこいつが言うことにしては驚くべきことを聞いたような気がする。
「待て、今お前なんつった?」
「や、私一回しか言わない人だから。」
「いや待てオレ。KOOLになれ!八重樫つばさがわざわざオレの家にやってきて飯を作るなんていう話をいったい誰が妄想したか?!そうだ、これは夢だ、夢に違いないぜマイブラザージョニー!こんなことやまぴこが童貞を学園のアイドルキシャー希望嬢で散らしたって言うぐらいのぶっちゃけありえなさ!」
「帰るよ。」
「すいません。正直非常に腹が減ってるんで食わしてくだせぇおでぇかん様。」
腹のエマージェンシーコールに負けたんだ。そうだ。そう思え。



「へー、舞人にしては珍しく勉強してたんだ。」
「ぷじゃけるなよ。もうオレは以前のオレとは違う。ニュータイプ舞人様と呼べ。」
「じゃあもう私が教えなくてもいっか。」
「すいません教えてください。いやもう色々と。」
手馴れた手つきで料理をするつばさといつも通りの他愛のない会話をしていた。オレ達が付き合ってると公言してからほぼ半年になるが、いつもこんな調子だから誰もがそれを疑っているらしい。正直オレでさえも疑いたくなるから間違ってないとは思うが。
「ほい。」
「ふっ、この味見界の巨匠と言われたマイスター舞人を唸らせる料理が出来たのか?」
「や、舞人ならうまいって言うって信じてるから。」
「っ…まったく、どうしてこの子はこういうことをさりげなく言うんでしょうか。」
「舞人を信じてるから、だと思うよ。そんなことより早く食べたら?」
箸でつまんで一口…うまっ。いやうまっ。
ということで、あっという間に平らげました。
「ごっつぉーさん。」
「じゃ、私帰るから。」
「なにぃ!この皿の後片付けをこのGOD舞人様にやらせるというのか!」
「や、残念なことに今出ないと門限に間に合わないんだよねwじゃ、そういうことで。」
「ちょ、おいこら待て〜。」
くそ、作るだけ作って後片付けはオレ任せかよ。…でも正直ありがたかった。ここのところまともな飯食ってなかったし。
「何、舞人?」
とんとん、と靴を履く音を響かせながらつばさが答えた。急がないとこいつ答え聞く前に帰っちまうからな。
だからオレは玄関まで稀に見る速さでたどり着くと、こう言った。
「わざわざすまん。」
珍しくつばさのきょとん、とした顔が見えた。
「あー…じゃあ一つだけ。舞人ちょっとしゃがんで目瞑って。」
「あ?」
「や、早くして欲しいんだけど。」
「OK。だが変なことしたらただじゃすまないとだけ言っておこう。」
言われたとおりにする。この格好傍から見るとおかしい人だな。今度山彦にやらせてみよう。
そんなことを考えていたのだが、次の瞬間に襲ってきたのは、唇にやわらかい感触だった。
「じゃ、明日学校で。」
目を開けたときには既に玄関の扉の閉まる音が響いているだけだった。そしてオレは、唇に残った仄かな匂いと感触を10分間味わう羽目になった。
「不覚をとった。だが次はやられはしない!」
オレは決意とともに皿洗いを始めた。明日どうやってやり返すかを考えながら。