Secret Scene〜Case Rikako.N〜

眠りから覚めると、やけにいいにおいがする。―ああそうか、仁を泊めたんだっけ。
しばらくベッドの上で天井を見つめる。どうして仁は…いや、なんでもない。
「おはよう、仁。」
「あれ、珍しいな里伽子。」
「失礼ね。別に仁に起こされなきゃ起きないわけじゃないんだから。」
「いや、そうだけど…服これでいいか?」
「うん、ありがと。」
仁が泊まっていくときはこうして仁が服を選んでくれる。一人のときはいつもの服なんだけど。大体、泊まってくこと自体が何かのフラグなんだから。
「仁、後ろしめてくれる?」
「ああ。」
最後のコーヒーを運び終わった仁が背中のファスナーを上げてくれる。
「ありがと。」
「礼は要らないよお嬢さん。」
「いつの時代よ、それ。」
さて、スクランブルエッグとターンオーバーが同居してること朝ごはんをどうしてくれようか。


Secret Scene〜Case Rikako.N〜


「…よく食べれるわね。」
もう厭きれを通り越して最早尊敬の念を覚える朝の食卓。こいつはいつもこんな朝ごはんを食べているのかと思うと、正直な話卵漬けにしたおそらく最大の原因―恵麻さん―を呪いたくなる気分。
「なんだ、食えないのか?」
「…食べれるほうがおかしいの。」
「じゃあもらうな。」
…結婚したら絶対早起きして朝食を作る。じゃないと朝から吐き気で一杯になる。
「今日、どこに行くの?」
「ん?ああ、すさんだ心を癒しに草原に。」
「どの辺が荒んでるのかいまいちわからないけど。」
「経営者は色々と気苦労があってね…」
「帳簿付けを利き手が不自由な人に任せてるのもその気苦労から?」
「……世の中、機械より大切なものがあるさ。」
「そう思うんだったらもうちょっと自分の体を気遣いなさい。」
私はそう告げると食べ終わった食器を持って台所へと向かった。

「結構遠いところまで行くのね。道理で早起きなはずだわ。」
切符売り場で買った切符を見ながら、私はつぶやいた。
「ああ。っていうかこの辺に草原なんかないだろうが。」
「それもそうね。」
二人がけの席で外を見ながら話す私。
こっそりと組まれた左腕が気になるからだけど。
「お前も大学入ってからそんなに出かけてないんじゃないのか?」
「そうだね。まぁその八割は仁のせいだけど。」
「あー…そうだっけ?」
「それ以外ないわよ。」
「それじゃ十割かよ。」
「…まぁそうかな。」
なんかへこむなそれ。という独り言が聞こえたけど、私はそれを流して、久しぶりの流れる景色を眺めていた。


段々客もまばらになっていった。それもそうだろう。今日は平日だ。休日ならともかく、平日にこんなところに来る人はそうもいない。
「ほら、降りるぞ。」
「うん。」
確かに、何もない。
「あー!久しぶりだな、こんなに人のいないところ。」
仁は駆け出して、草の上で一回転すると、そのまま草の上に寝転んでしまった。
「まったく、人のいないところに行きたい気持ちはわかるけど、女の子とデートなんだからもう少し気の利いたところ選べないの?」
「えーだってデートは毎日してるし。」
「あれはデートといわない…」
これは何を言っても無駄。私もゆっくり仁の横に腰を下ろした。
「ねぇ、どうしてここ知ってるの?」
「いやーどっかマイナーな所に行こうと思って。」
「…つまり行き当たりばったり?」
「まぁそうかなー。」
はぁ。これ、私がいなかったらひょっとして奥地まで出かけて恵麻さんが大騒ぎして捜索願い出して……これ以上考えるのはやめよう。
「何もする気なかったのね?」
「んーそうかなー」
「ちょっと、まさか寝る気?」
「んー」
そして仁は規則的な寝息を立てはじめた。
「厭きれた…。……こんなにかわいい女の子とデートに着ておいてほったらかしなんて…ね。」
そっと、動く右手で髪をなで上げる。
「仁、仁ったら。…もう、本当に、しょうがないやつ。」
どう思っても、笑みがこぼれてしまう。
「言い出したらきっと腕を組んでくれたんだろうけど…くやしいから。仁に負けるの。」
右手を止めて、そっと左手をつかんだ。
「でも結局負けてるような気がする。」
曲げていた足を伸ばして、そっと地面に倒れこんだ。
眠っている彼の横顔に、私はそっと告げた。
「おやすみ、仁。」