君と一緒なら

今日も雨なの。
そう頭の中で言葉を作り出す。ことみ以外誰もいない家は、ただ雨が屋根などを打つ音だけがやけに響く。ベッドから抜け出て着替えたら、一階へ降りて椅子にかけてあるエプロンを着けて朝食を作る。最早習慣となったことも、今日は妙に気が乗らない。
朋也くんとのせっかくのデートが流れちゃったの。
というのがことみが気が乗らない理由である。だが、普通、雨の日のことも考えたデートの予定を考えるのが普通なのである。
天気予報も天気図も今日は晴れなの。急に変わっちゃったの。
フライパンに卵を落として、一人頭の中で愚痴る。そう、昨日までは快晴だったというのが、デートが流れる(とことみが考える)理由なのである。
出来た朝食をテーブルに持っていって座って食べる。外の景色をちらりと見たが、相変わらずの雨である。どうも好転することもなさそうだ。
…やることなくなっちゃったの。
今日のためにやるべきことを全てやったことみには、どこをどうあら捜ししてもなさそうである。食器を洗ったら、ほら、もうやることがなくなった。
「しょうがないから、テレビでも見るの」
と一人口にしてテレビをつけたときに、ドアのベルが鳴った。

「よお、ことみ。」
「朋也くん、朝はおはようございます、なの。」
「おはよう、ことみ。」
「おはようなの。」
それ以降、なぜか言葉を失う二人。先に口を開いたのはことみだった。
「とりあえず、中に入るの。」
「ああ。」
扉の中へ案内する。ことみの両親は既に他界しているので、別段入れることに問題はない。それよりも、このただっぴろい家にことみが一人で住み続けているほうがよっぽど問題だろう。
「今お茶入れてくるの。」
「おう。」
と言って朋也はテレビの前のソファーに腰掛けた。
うれしいの。
ことみの言葉を表すなら、これに尽きる。朋也が来てくれたことが、朋也と一緒に過ごせることが何よりも嬉しいのだ。
「どうぞ、なの。」
「ありがとな。」
そんな朋也の言葉だけで、ちょっぴり顔を赤らめる。
「会いにきてくれて、ありがとうなの。」
「いや…なんか無性に会いたかったし。」
その言葉に秘められた意味に気づいて、お互いに顔を背ける。杏がいたら「ごちそうさま」の一言で片付けられそうだ。
「で、今日どうする?」
とりあえず元に戻ると、ことみに今日の予定を尋ねた。
「きっとこの雨やまないの。」
「だなぁ。」
「…朋也くんがいいなら、一日そばにいて欲しいの。」
しっかりと朋也の顔を見て、ことみは確かに言った。

雨の音が響く。テレビをつけても、その音が全ては消えない。ティーカップがテーブルに二つ置かれている。
二人はただテレビをぼーっと見ていた。朋也に寄りかかってことみはそのぬくもりを味わっている。何もするわけでもなく、ただ、テレビを見ているだけ−ただ、そのテレビの内容を本当にわかっているのかは疑問だが。
「今日に限って雨が降らなくてもなぁ…」
外の雨に視線を移して、ことみと同じように愚痴る。
「朋也くんは、雨嫌い?」
「あー…そうなるのかな。」
上目遣いで見上げる朋也は、どことなく寂しげな表情をしているのが見て取れる。そんな朋也に、ことみは切り返す。
「私もあまり好きじゃないの。でも今は好き。」
「なんで?」
「朋也くんが隣にいてくれるなら。」
「…そっか。俺もいつか、好きになれるといいな。」
「好きにして見せるの。」
「ことみ?」
「世界は美しいんだって、だからどんな景色も好きになれるって、証明して見せるの。」
「ことみ…」
左側に座っていることみを、そっと抱きしめる。ことみも手を回して、そっと朋也の胸に顔をうずめる。
「雨の日って、陰鬱な気分になったりするんだ。昔色々あって、ずっと好きになれなかった。」
「朋也くんの傷は、私が癒してあげるの。」
「じゃあ、ことみが傷ついたら、俺がずっとそばにいてやる。あの時の傷も含めて。」
「わかったの。でも、今は私が朋也くんを癒す時なの。」
回していた手を解いて、朋也の頭に当てて、そのままことみの胸にうずめさせた。
「今はこうして…私の胸の中でおやすみ、なの。」
朋也からは見えない。だが、声が上擦っている。
「ことみ…ありがとな。」
「うん。」
外は、雨。単調にたたく雨音と、ことみの鼓動を子守唄に静かに眠る。そんな朋也の頭を撫でながら、ことみは想う。
ずっと、ずっとそばにいるの…。

そんな、ある雨の日の出来事。