住処〜once again〜

If so…,if so…, I wanna be with you…
'Cause I need you.


朝は誰にも容赦せず、平等にやってくる。 まったく、博愛主義の代表はこいつじゃないかと思うくらいだ。しかし、残念ながらこいつには皮肉も批判も通じない。実にいい身分だ。ベッドから身を起こし、首を動かし、体を動かし………ボキボキボキッ!
…どうしてこう骨がなるかね。
「ん…っ。」
一日の始まりといえば卵かけご飯にスクランブルエッグ。…なんてヘルシーな。カーテンを開け、未だまぶしいとは言えない町並みを一瞥して、俺は台所で早速レッツクッキング。
卵を割って………
……

さて、今日の朝食といこう。
月は2月の中旬といったところ。一段と寒さが厳しくなるこの時期に、この部屋に新しく人が来る。いや、俺は四月からでいいんじゃないかと提案したのに、どうしてもと聞かなかった。それに、俺は元々あいつの提案に強く出れる立場じゃなく、あっさりと了承してしまった。が…よく承諾するよな。
手っ取り早く朝食を終わらせると、今日の引越し…言っとくが俺じゃないぞ…の準備のために部屋を片付ける。つか、ここ二人で住むには狭くないか…?今更言ったところでルビコン河渡っちまったから、何を言っても無駄か。
俺はあいつの電話を待つことにした。それが引越しの合図だから。


年も明けた二月の始まり、私と仁は私たっての希望で浜松へと向かった。私がありったけの想いをぶつけてあいつがそれを返してくれてから、私はあることを決意した。
「しかし、なぜに今実家に行かなきゃならんのだ?」
「誰かさんが非常識なことをしてなかったら、こんなことにはならなかったわよ。」
「うっ…」
そう、仁がそんなことをしなければ、私たちはどこまでもすれ違ったままで終わっていた。どうやら私は相も変わらず天邪鬼みたい。
「でも一つ気になっていることがあるのよね。」
「何だ?」
「仁、どうして私の実家のありか知ってるの?」
「…浜松や言うたんはあんさんやで。」
「そういうことじゃなくて。」
「………いや、行き当たりばったりに人に聞いてみた。」
しまった。帰ってくるべきじゃなかった。電話にしておくんだった。
私は、自分のこの肝心なところが欠落した脳みそを呪った。
それでも、電車は浜松の駅に滑り込んでいた。
そして、家では予想通り、私は偏頭痛で寝込みたくなるほどだった。
「まぁほんとに?!そうなると結婚もすぐやねー。もうこの子ったらきつい性格してるでしょ?だからお母さん行き遅れないか心配で心配で…」
「は、はぁ…」
「こっちにいたらきっと30過ぎても結婚できないだろうから東京には快く送り出したんだけど、まぁ本当にいい男見つけてきちゃって!さすが私たちの子供ね、父さん?」
「うむ。この年でここまでうちの娘を大切にしてくれる骨のあるやつがいるとは思わなかった。仁君だったか、」
「は、はい?!」
「娘を、里伽子を大切にしてやってくれ。」
「はい!粉骨砕身努力する身であります!!」
うれしいけど…うれしいけどかえりたい……
気力を振り絞って元来の目的を切り出すことができたのは、それから何時間もたって、夕食後の少し落ち着いた時だった。
「お、おい里伽子…」
「そうね、ちょっと早いけど、今の里伽子の状態なら、そのほうが安全かもね。」
「そうだな。」
「い、いや、でもまだ俺ら…「仁?」いえ、結構ですとも。ぜひそうしましょう。」
思っていたよりあっさりと、簡単に私の意見は通ってしまった。
帰りの新幹線の中で、四月からでいいじゃないかと仁に言われたけど、これだけは譲れなかった。
「ふぅん、仁は別に私なんかどうでもいいんだ。そうだよね、仁にとってはまー姉ちゃんと一緒に住むほうが」「ぜひそうさせてください。」


電話が鳴った。
「里伽子か?」
「仁?準備はいい?」
「いつでもいいけど…もう梱包とかはすんだのか?」
「うん。今から契約解除とかの手続き済ませてそっちに行くから。」
「それはいいけど、手狭だからいろいろ持ってこられても困るぞ?」
「大丈夫。仁の部屋に大体のものはそろってるでしょ?」
「ああ。」
「後は私の服とかを入れるところがあればいいから。」
「そんなにないのか?」
「殆どは実家に送り返す。そうすれば入るでしょ?」
まぁ…。部屋はよりいっそう狭くなるが。
「わかった。」
里伽子は、間違ってないから。
それは、俺が出会ってからいつも。
「それと、そっちについたらお隣さんと、あと恵麻さんに挨拶に行くから、ちゃんと身だしなみ整えといてよ?」
今日の俺の天気:晴れ後雷雨。


確かに荷物は少なかった。ダンボールにして5箱ぐらい。…でもうちは狭いのでこれだけあっても十分にスペースを取る。が、俺にとってはもはやそんなことはどうでもいいのである…今は。
「すっかり忘れてたって…。」
「悪い里伽子。バランコラン…じゃなくてバレンタイン商戦で忙しかったから。」
そう。わが喫茶店ファミーユにとっての大きなイベントの一つでもあるバレンタイン。向かいのメイド喫茶にしてわが宿敵キュリオ(正確にはそこのチーフ、花鳥玲愛)との勝負に全力を注いでいた俺は、すっかり義姉さんに里伽子と同棲することを告げていなかったのだ。
「もう、しょうがないなぁ、仁は。」
「ほんっとーにごめん。この埋め合わせはいつか必ず。」
でも、里伽子はどこか嬉しそうだ。
「じゃあまず隣人に挨拶しに行かなきゃね。」
「あー…」
花鳥、か。
「今いないんじゃない?」
「よく知ってるわね。ひょっとして前の彼女?」
……おれ、泣いていいっすか?
「違う。うちの店の向かいのチーフ。花鳥玲愛。今日は本店に戻ってるとか何とか昨日行ってたから。」
「ああ。そうなの。」
里伽子も納得してくれた…でも相も変わらず心は重い。
「じゃあ先に恵麻さんのところ行くわよ。いるんでしょ?」
「ああ。いる。」
里伽子はいたっていつもどおりに歩き出していた。ああ、俺もそれくらいの心がほしい。


「ふぅーん、」
「怖い、怖いってば義姉さん!」
「そうなんだー、仁くんとリカちゃんは一つ屋根の下であんなことやそんなことやあまつさえこんなこともしちゃうんだー。」
「だ、だから落ち着いて義姉さん!助けてー!助けて里伽○もーん!」
しかし里伽○もんはうんともすんとも言わない。くそぅ、この哀れな仁太くんを助けようって言う気持ちはないのか!!
「あぁ、若くて美貌に満ち溢れたこのお姉ちゃんを捨てるなんて…」
「誤解600%だろ?!」
「仁が恵麻さんを捨てるなんてありえないと思いますが。」
「ありがとう里伽○もん!ってそれじゃあ完全に俺がシスコン認定じゃねぇかよ!!」
「それ以外に何があるって言うのよ…」
「つめてぇ!つめてぇよ里伽○もん!」
「やっぱりリカちゃんがいればお姉ちゃんなんてどうでもいいのね…」
「だぁぁぁ!違うっつってんだろーー!!!」


「疲れた……」
「はい、お疲れ様。」
きっと帰り道、誰もが道を譲ってくれたのはこの血の気のなさ過ぎる顔のせいに違いないと確信した21の夜。今日だけできっと一年分のマナが使われたに違いない。ごめんよ、ごめんよテラ。
「でも認めてくれたからよかったじゃない。」
そう。義姉さんは認めてくれた。条件付で。
『でもやっぱりお姉ちゃん寂しいから週に一度は泊まりにきて『絶対にだめです。』…じゃ、じゃあ週に一度は夕飯作って…』
「…あれって脅しって言わないか?」
だって、水曜なんか即行却下だし。月例会を除いて。つまり…
「店で夕食作って食わせろっていうことだもんな。」
「弟離れにはちょうどいい機会よ。」
そういうことにしとこう。
「そうだ。」
「何?」
俺は里伽子のほうへ向き直って、告げた。
「不束者ですがよろしくお願いします。」
そして、頭を下げた。
「…こちらこそ左腕が動かなくて、世話を焼きますが、よろしくお願いします。」
「っ……」
いつのまにか、右手を引き寄せて、抱いていた。
「動かないなんて、言うなよ…」
それは、俺の罪の結晶。
「……そうだね。」
「俺が動かさせてやるから…」
「…期待してる。」
そっと口付けて、もう一度強く引き寄せた。
もう二度となくさないと、強く心に誓って。


I feel comfortable. It is, absolutely, what I really want.