それはきっと、雪のせい

トントントン…とリズミカルな包丁の音が広がる台所に観鈴はいた。今日の晩御飯を作っているのだ。そんな観鈴が見えるようなところで、亭主関白を気取るかのように、この神尾家の居候−とか何とか言っても観鈴の恋人(にはは…)であるのには変わりないのだが−国崎往人がどっかと鎮座していた。最近では見られなくなった背丈が低く丸い、通称ちゃぶ台と呼ばれるものに、ひじを突いてテレビを観賞中だ。
「往人さーん、そこの棚のお皿とってー」
「俺は忙しい」
「ううっ…お母さんにいいつけ「どの皿だー?」……えっと、上から二段目の」
往人さん、それはいくらなんでも…
「ほい」
「あ、ありがとう。」
って受け取ったら、往人さんなぜかちょっぴり赤い顔してる。
「どうしたの?風邪?」
「ちゃうわい!」
「だよね。うん。往人さんが風邪なんか引くはずないもんね。」
…思いっきりたたかれた。痛い。
「どうしてそういうことするかなぁ。」
ちょっと顔を膨らまして怒ってみた。そうしたら、なぜだか笑われた。…ひょっとして観鈴ちん、いちめられてる?
「じゃあ往人さんの夕食は今日からどろり濃厚「ま、待て、違うんだ観鈴」」
ふふん、観鈴ちんもやるときはやるのだ。
「ぶい」

 

その後謝り倒す往人さんが面白かったけど、許してあげて一緒に夕食を食べた。お母さんはまだ帰ってこないけど、きっと今日もこの雪を掻き分けてバイクで走ってる。
「よく事故にならないよな…」
「うん、私もそう思う」
これだけは弁護できない。お母さんごめん。明日は卵二個にするから。
「どうした?」
「ううん。ちょっとお母さんに謝ってただけ」
往人さんが変なものを見るような顔でこっちを見てるんだけど…私、なんか変なこと言ったかなぁ?
「しかし、まだ降るのかよ。これ以上積もったらこの家つぶれるんじゃないか?」
「うーん…そうなったらどうしよう。」
「かくなる上は佳乃の所に世話になるか。」
「あそこも結構古いと思うけどなぁ。」
「じゃあ美凪のとこ。」
「そうだね…ってどうして女の子の家ばっかりなのかなぁ?」
「そりゃ女の子としか知り合わなかったからだろ?」
「あ、なるほど。」
…って納得しちゃいけないような気がする。
「そうだ、おい、俺の布団。」
突然言われて思い出した。今日も忘れてたら明日往人さんの何されるかわかんないよ。…生き埋めだけはやめてほしいなぁ。
「どうした?」
「えっ…あっ、にははっ、いま出すね。」
確か奥のほうに…あ、あったあった。
「はい、往人さん」
「おう。じゃあ寝るわ。どうせやることもないしな。」

 

…恋人が夜やることは多いですよ。ぽっ。

 

はっ!美凪ちゃんがいきなり頭の中に!…でもまだ早いと思う。それにしても、美凪ちゃん、超能力者?
「おい、大丈夫か?」
「あっ、うん。おやすみなさい。」
ぺこっと頭を下げたら、布団を担いだまま往人さんが外に出ていった。少しだけ寂しい思いを奥のほうへ押し込んで、私は居間へ戻ろうとした。
「おい、観鈴
振り向くと、顔だけ玄関先にひょいっと出してる往人さんがいた。
「明日も、遊べるといいな。おやすみ。」
えっ…?
あまりの突然なことに、ぽかーんとしてたら、往人さんがもういなかった。明日も雪だって。さっきの往人さんが言ったことがほんとなら、明日も一緒に遊んでくれるってことだね。にははっ、うれしいな。
だから、もう誰もいない玄関先に向かって思いっきり、
「うん!」
って頷いた。ずっと雪だといいな…

 

あっ、でもそれじゃあ学校にいけないね。うーん…