resign to the "virtual realty"(9)

彼がカップのコーヒーを一口含み、ソーサーへとおく。その仕草に動揺は見られない。
「…そりゃ、どうしてよ。俺に飽きたとか?」
「違うの、そんなんじゃない。」
「だったらどうして?」
私はカップを持ち上げて、口元へ寄せた。そして、残っていたコーヒーを全て飲み干した。
「目標が崩れそうだったから、かな。」
「目標?」
「うん。この受験が終わって、あなたに会うこと。」
「…大学に合格して、俺に会う…?」
「うん。そう、所謂自分へのご褒美かな。」
テーブルの上で組んだ手は、一ミリたりとも動いていない。
「あなたに会いたくないなんていえない。だって、私が一番会いたいんだから。でも、“今”は出来るだけ会いたくなかった。会ったら自分が抑えきれなくなって、ずっとあなたを引き寄せて…引き寄せられて、何も出来なくなりそうで、それが怖かったから。今、私がやらなきゃいけないのは、あくまでも勉強…大学に受かることであって、あなたに会うことじゃないから。」
「…確かに。でも、俺だってみなに会いたかった。」
「うん、メールしてたらよくわかったよ。」
「で、どうなんだ?“今”は?」
空のカップをソーサーにおいて、少し考えてから、彼の目を見据えて、口を開いた。
「今は、会えてよかったかな、って。」
少し、苦笑して
「だって、あなたに会ってちゃんと言えてなかったら、それでこそ勉強が出来ないから。」
そして、彼はにやりと笑った。
「俺も、みなに会えてなかったら、欲求不満で違う人に触手伸ばしてたかも。」
「ぷっ」
「なんだよ、みなも同じじゃないかよ。」
「うん、そうだけど…」
どうしても、笑いが止まらない。そんなこと、突然言わないでよ。
「悪かったな。どうせ軽いやつだよ。」
そういってそっぽを向く彼に、私はそっと、顔を近づけた。